虎山長城を歩く…2014年春(その2) ― 2015/03/03 09:04
鮮于煇著、 猪飼野で鮮于煇作品を読む会訳
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
平安道には、もともと自称両班が多く、それぞれもっともらしい族譜を所持していたが、それをそのまま信じる人はめったにいなかった。
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
平安道には、もともと自称両班が多く、それぞれもっともらしい族譜を所持していたが、それをそのまま信じる人はめったにいなかった。
虎山長城はそれなりの観光地になっているようで、駐車場もけっこう広い。中国も確かゴールデンウィーク中だろうか。ただ、そんなに大勢人がいるわけではない。駐車場も満員というわけではなかった。周囲はのんびりした雰囲気だ。川幅の広い鴨緑江のクルーズではけっこう寒さを感じたが、完全な陸地ともなると体感温度は上がっていく。中国におけるモータリゼーションの発達はめざましく、当然のことながらガソリンスタンドも増えている。
虎山長城を歩く…2014年春(その3) ― 2015/03/05 12:52
鮮于煇著、 猪飼野で鮮于煇作品を読む会訳
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
それほど結髪の形に鋭敏な流域住民にとって、断髪令はまさに寝耳に水であり、青天の霹靂であった。
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
それほど結髪の形に鋭敏な流域住民にとって、断髪令はまさに寝耳に水であり、青天の霹靂であった。
虎山長城は、遼寧省丹東市寛甸満族自治県虎山鎮虎山村にある観光地である。中国の地方自治の仕組みはよくわからないが、この住所を見ると、省、市、自治県、村というようにマトリョーシュカのように小さくなっていって、入れ子状態になっていくのだろうか。正確ではないかもしれないが。
ところで丹東の車のナンバーは”遼F”というのが最初に来る。これはAから始まり、都市の大きさの順番で、丹東は6番目の都市だからと聞いた。ちなみにAは瀋陽、Bは大連である。さて、門を入る前から、虎山長城の姿がおおよそ見えてくる。
虎山長城を歩く…2014年春(その4) ― 2015/03/07 07:31
鮮于煇著、 猪飼野で鮮于煇作品を読む会訳
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
承参奉も断髪令は間違いなく、日本人の仕業であると信じていた。
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
承参奉も断髪令は間違いなく、日本人の仕業であると信じていた。
1980年代の末に、この遺跡の実態が明らかになったようで、本格的な修復が始まった。2009年に、中国当局から正式に万里の長城の一部、すわなち東端であるとの認定がなされたとのこと。この彫刻というかオブジェはそのことを示したものだ。
万里の長城の東端であることについては、本当かどうかはよく分からないが。虎山長城は比較的新しい観光地だ。入口も新しくできたもののようで、運転手さんが昔の入口から入ろうとしたが、別のところから入るように言われていた。
虎山長城を歩く…2014年春(その5) ― 2015/03/10 09:02
鮮于煇著、 猪飼野で鮮于煇作品を読む会訳
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
一睡もせず夜を明かした彼は、鶏の鳴く前に床を離れ、 鴨緑江の岸に行き、流れる水をすくって体を拭った。
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
一睡もせず夜を明かした彼は、鶏の鳴く前に床を離れ、 鴨緑江の岸に行き、流れる水をすくって体を拭った。
実は、この虎山長城も北朝鮮の国境沿いにあり、北朝鮮の様子が見られると聞いていた。しかし、入口のあたりでは、どこに北朝鮮があるのかよく見えなかった。入口のあたりでは、鴨緑江というか川らしきものも発見できない。かなり歩くのかなあと思っていたが、中朝国境は予想以上に近くにあることが後で分かった。さて、入場券をもらって、いよいよ虎山長城を見学することになる。アゲハチョウも飛んでいて、写真にもおさまった。ここは、のんびりした観光地である。
虎山長城を歩く…2014年春(その6) ― 2015/03/12 09:10
虎山長城を歩く…2014年春(その7) ― 2015/03/14 06:49
鮮于煇著、 猪飼野で鮮于煇作品を読む会訳
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
そんな儒教的孝道に風水学が結合する時、韓国人の死は西洋的な死とその意味や性格が変わるのは当然である。
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
そんな儒教的孝道に風水学が結合する時、韓国人の死は西洋的な死とその意味や性格が変わるのは当然である。
これは虎山長城に入るための門である。北朝鮮との国境地帯の「一歩跨ぎ」は川沿いにあるから、平地を歩いて行くことになる。虎山長城は小さな山に連なっているので、この門から入って、登って行くことになる。最終地点まで行くと、かなりの距離になるようだ。勾配もきついし、行けるところまで行って、引き返そうと思う。
そんなに多くの観光客はいない。やはり中国人の収入から見ると、観光地の入場料はかなり高いようだ。家族でこうしたところに入ると、給料のかなりが吹っ飛んでしまうという話をよく聞く。日本の物価からすると、法外に高いものでもないのだろうが。
虎山長城を歩く…2014年春(その8) ― 2015/03/17 08:58
虎山長城を歩く…2014年春(その9) ― 2015/03/19 09:54
鮮于煇著、 猪飼野で鮮于煇作品を読む会訳
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
草と土の匂いを嗅ぎながら、彼は自分が永遠に眠る地の気を吸収することによって最後の瞬間の意気を奮い立たせようとした。
『火花--鮮于煇翻訳集』
白帝社、2004年
<水豊ダム>
草と土の匂いを嗅ぎながら、彼は自分が永遠に眠る地の気を吸収することによって最後の瞬間の意気を奮い立たせようとした。
この「一歩跨ぎ」を隔てる川のあたりはとてものどかだ。ワイアーによる柵があるが、以前はそんなものはなかったらしい。やはり脱北してくる人がいるからか。柵のない時代はついつい北朝鮮の領土に足を踏み入れてしまった観光客もいたようだ。それでも問題はなかったとのこと。
天気も良くて、観光には最高の日だった。雨だったりすると、印象も違ったことだろう。昼食後に訪問したので、だんだんと気温も上がってくる。帰りは3時間半ほどかけて車で瀋陽に戻るので、あまりゆっくりしているわけにもいかない。往復7時間の移動はけっこうハードだ。
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