虎山長城を歩く…2014年春(その25)2015/04/25 06:45

李泰著者、 青柳純一訳
『鴨緑江の冬--「北」に消えた韓国民族指導者』 
社会評論社、1994年

   担当医は粉薬、ブドウ糖、鎮痛剤の類ではあったが、治療のためそれなりに最善を尽くしていた。


   古い錆びついた船がある。これは観光船だったのだろう。鉄線のない時代にはこの場所でも遊覧ができたと思われる。丹東の市街地に面している鴨緑江はけっこう川幅があるので、船もそれなりの大きさがあるが、こんな小さな川だと遊覧船もこじんまりしている。北朝鮮の領土が目の前にあって、なかなか面白そうなクルーズだったのだろう。


虎山長城を歩く…2014年春(その26)2015/04/28 08:11

李泰著者、 青柳純一訳
『鴨緑江の冬--「北」に消えた韓国民族指導者』 
社会評論社、1994年

   人間が血を流しあい、踏みにじり、破壊した大自然の中でも、生命の種は確実に育っていた。


   ”一歩跨ぎ”をざっと見た後はいよいよ虎山長城を歩くことになる。あまり時間がないので、頂上までは行けないだろうが、行けるところまで行ってみようと思う。かなり勾配もきついので、無理をするつもりはない。とはいえ、歩くスピードはかなりはやくなる。どんどんと坂道をのぼっていく。


虎山長城を歩く…2014年春(その27)2015/04/30 09:37

李泰著者、 青柳純一訳
『鴨緑江の冬--「北」に消えた韓国民族指導者』 
社会評論社、1994年

   彼らはまた、「要人の宿舎に専従の医師と看護婦を配置し、定期診断を受けれるようにして、近日中に平壌付近に宿舎を移すように」と指示した。


   当然のことながら、他の観光客もいた。そんなに大勢ではないが。やはり中国人の平均的な勤労者から見たら、入場料は相当高いと思われる。日本は自然の風景を見るのにはお金がかからない国で、そこは恵まれている。中国では自然の風景まで囲いができて、やたら金をとるという話を聞く。
   以前ドバイに行った時に、ビーチがホテルの敷地として隔離され、一般の人が入れないようになっているのにはびっくりした。虎山長城は世界中から観光客が来るようなメジャーな観光地ではない。世界中どこに行っても、たいがい日本語が聞こえてくるが、ここではそんなこともない。