香港からフェリーでマカオへ…1992年夏2014/11/15 07:40

新田次郎著
『マカオ幻想』
新潮社、1980年

「海の色が赤いのは珠江が中国大陸の赤い土を運んで来るからです」
   彼女はほとんど口を休めることなく話していた。マカオにはじめての旅行者としての彼に大いに尽そうとしている気持ちが嬉しかった。



   最初に香港に行った時に、ついでだからとマカオにまで行った。フェリーの券を買って、移動する。香港を出国して、マカオに入国。帰りはマカオから出国、香港に入国。これだけでパスポートのスタンプがにぎやかになる。
   残念ながらフェリーの写真は撮っていなかった。マカオも今のようにきれいな観光地ではなかった。ものすごい暑さであまり頭が働かず、行きたいところにたどり着けなかった。

香港フェリー…1992年夏、1997年夏2014/11/13 21:35

邱永漢著、南條範夫著、戸板康二著、三好徹著、有明夏夫著、川口則弘編
『消えた直木賞 男たちの足音編』
メディアファクトリー、2005年

〈邱永漢/香港〉
「うむ。昨日、国から出て来たんだ。どうも香港へ出て来さえすれば、どうにかなると思う者が多くて困るよ」
 老李は広東語で答えたが、きょとんとしている春木をふりかえると、今度は台湾語で言った。



   香港も何度か行っている。最初は1992年、まだ中国に返還される前の頃だ。学生時代、ロシア、アメリカと訪問したのだが、社会人になってから、なかなか生活していくのが精いっぱいで、外国に行かなかった時期が8年近くもあった。そういうような状況の中、久しぶりに訪れた外国が香港だった。
   香港は狭い地域なので、歩いても十分の移動ができる。ただ、湾を横断するには地下鉄かフェリーになる。短い距離だが、香港のフェリーからの景観は素晴らしい。夏の香港はとても暑い。それだけに海風を浴びると気持ちがいい。


 それから5年後も香港を訪問する機会があった。イギリスに行く途中で、無理に行く必要もなかったのだが、ついつい来てしまった。やはりフェリーにも乗った。この時は中国に返還された直後だった。



香港地下鉄…1997年夏2014/06/19 20:00

クリフトマン・ファディマン著、三浦朱門訳
『第四次元の小説』
荒地出版社、1959年

A・J・ドイッチュ
「メビウスという名の地下鉄」
 一方地下鉄の方は、まるで何事も面倒なことは起こらなかったかのように営業されていた。総支配人も市長代理も捜索の夜のことを忘れたかのようにしていた。あるいは少くとも彼らが見たり見なかったりしたものの意味を解釈し直したようであった。



   香港は3回訪問している。経由地として、寄ったものも入る。その際も街には出ている。香港は手軽に観光できるというメリットがある。香港の市街地はかなり狭いが、そこに地下鉄もしっかり整備されているから便利なことこの上ない。フェリーを使ってもよし、バスを使ってもよし、地下鉄でもよしと、公共交通には恵まれている。勿論、徒歩でもかなりの範囲をカバーすることはできる。
   何しろ、地下鉄を利用すれば目的地にはあっという間に着いてしまうのだから、少々物足りなさも感じる。だから車内で本をじっくり読んでいる人はあまり見かけない。日本人が読書好きなのは事実だが、長い通勤時間とも関係している。通勤時間が長い人ほど、しっかり新聞や本を電車の中で読んでいる。
   一般に東アジアの大都市は極端に大きくなりがちである。東京、ソウル、北京などの地下鉄網も広い。それだけにこじんまりした香港はユニークであり、コンパクトな地下鉄網もまた利用しがいがある。これは地下鉄の中環駅で降りて、地上に出て、少し歩いたあたり。ロンドンに行くための直行便が取れず、香港経由となった。その際に時間がかなりあったので、街に出た。

レパルスベイ…1992年夏2011/03/15 21:03

森  瑤子著
『浅水湾の月』
1990年、講談社文庫

  冬以外の季節ならば、リパルス湾を望むそのパティオには白い籐のガーデン・ファーニチャーが置かれる。そして春には椿、夏にはカーネーションや百合やなでしこ、秋になると菊や真紅のけいとうといった花々が咲き乱れる。食後酒やエスプレッソを、気取った手つきで口へ運ぶ女たちの身につけている薄物が、はるか南シナ海から渡ってくる潮風になびき、男たちの口説き文句とそれを受ける女たちの忍び笑いとでさんざめいているところである。



 香港は何もかもが小さくまとまっている。箱庭のようなところ。大規模なものはないが、何でもある。小さいけれどもすべてが揃っている。
 この浅水湾(レパルスベイ)というビーチもその一つ。香港の名所ということで、タイガーバーム公園を見てから、この湾を訪れる。
 小さな砂浜だが、周囲の山々、高級マンションとが調和して、美しい光景を醸し出している。浅水湾(レパルスベイ)は映画「慕情」の舞台にもなっている。映画は勿論、その主題歌はあまりにも有名。
 このくらいの砂浜は日本ではいくらでもあるが、狭小な香港ではその価値も一層高まる。季節は夏。泳いでいる人はほとんどいない。あまりにも暑い香港の夏は海水浴には不向きなのだろうか。
 


女人街…1999年春2010/10/05 23:29

森  瑤子著
『浅水湾の月』
1990年、講談社文庫

「ザ・ロビー」
   九龍公園から急ぎ足で出てきた若い女が、車の往来の激しいネイザン通りを、キンバリー通りの側にむかって突っ切ろうとしていた。流行の肩のいかった白いワンピースに、黒い短いレエスの手袋。黒い麻の小型のポーチ、そしておそろしく踵の高い黒エナメルのサンダル。小さめの白い顔に浮かんでいる表情は上品で、どこかの金持ちの美しい若妻といった印象をうける。



  香港の市街地は狭いので、その気になればすぐ行くことができる。移動すると、あまりにも近いのでそっけなく思うことも多い。
 旺角に女人街という通りがある。女性もの衣料品、雑貨、アクセサリーなどを売る露店が多い。商品からしてカラフルなものが多いので、目の保養にもいい。
 香港のお店はそれほどしつこさはないので、安心して歩くことができる。大通りもいいが、こうした路地裏に来るとなぜかほっとする。

黄大仙寺…1999年春2010/03/30 21:36

  ドロシー・ギルマン著、柳沢由実子訳
 1991年、集英社文庫
 『おばちゃまは香港スパイ』

 びっくりするようなことがミセス・ポリファックスを待ち受けていた。
 土地というものが、ごくごく貴重なこの島で、デットウィラーは ヴィクトリア・ピークのふもとの、見るからに高級住宅地と思われる区域に住んでいた。そこは街路樹が美しい気持ちのよい通りで、土地がないことなどまった く心配のない人々のための地域だった。きれいに刈り込まれた芝生が家と家の間に広がっていた。



  広州から香港に列車で戻ってくる。香港ははじめてではないが、まだ見ていなかった黄大仙寺を訪問する。香港は手狭なので、行動は行き当たりばったりでもいい。行き先が決まれば、あとは短い時間で移動するだけ。
  黄大仙寺は地下鉄の駅からも近く、とても便利。狭い香港にこんなに立派な寺があるなんて意外。線香の煙がものすごい。道教の寺院。家族みんなで願い事をす る人たちも。


 見ての通り、高層マンションも近くにある。こんなお寺の間近に迫っているのが不思議に思われる。土地が高い香港では、小さなワン ルームの部屋でもかなりの家賃をとられるらしい。狭い部屋をシェアして、現地で働いている日本人の女性もけっこういると聞く。