ドバイのアブラ…2006年夏(その2)2014/12/02 07:10

ベン・メズリック著、真崎義博訳
『ザ・オイルマネー-ドバイ原油先物取引所を創った新卒米国人青年の奮闘記-』
アスペクト、2008年

「ドバイでは、何もかもがビジネスなんです」彼はこう言ってディヴィッドの前を歩き、ターミナルを出てさらに混み合うホールに入った。そこには動く歩道があり、その先には大きな検査ゲートがあった。



   湾内でアブラのクルーズを楽しむ。アラブ首長国連邦の中のドバイ首長国は一番観光客も多く、自由度も高いようだ。ホテルなどでは外国人だとお酒も飲めるらしい。ドバイには他のイスラム国からの観光客も多い。目だけを出した衣装を身に付けた女性もけっこういた。アブラでのクルーズはあっという間に終わってしまった。朝一に出たので、だんだん陽が昇ってくる。そうなると徒歩で移動はきつくなる。その後は、どんなに短い距離でもタクシーに頼ってしまった。


ドバイのアブラ…2006年夏(その1)2014/11/29 22:59

ドバイのアブラ…2006年夏(その1)

ベン・メズリック著、真崎義博訳
『ザ・オイルマネー-ドバイ原油先物取引所を創った新卒米国人青年の奮闘記-』
アスペクト、2008年


   カレドはアラーに、自分もその未来のなかで重要な役割が果たせるように、と祈った。そして、なんとか際立つ存在になれるように、と。シークのために、父親のために、自分自身のために。


   アラブ首長国連邦のドバイにやってきた。最初は勢いで、炎天下40度の中を歩き、港までたどり着いた。汗が出過ぎて、目に入って痛い。そこでアブラという船に乗り、湾内の短いクルーズに出る。いい感じの船だ。海の上はなかなか心地よい。湿度も温度も異常に高いが、海の上ならなんとか我慢できる。確か、この日は金曜日だっただろうか。イスラム地域では休みが多くなる。

ドバイ博物館…2006年夏(その5)2013/08/09 10:01

塙 治夫編訳
『アブー・ヌワース アラブ飲酒詩選』
岩波文庫、1988年

<アッラーがお見通し>
葬送する人は皆やがて葬送され、
泣く人は皆やがて泣かれる。

すべての貯えはやがて失われ、
すべての言い伝えはやがて忘れられる。


    ドバイ博物館はとても面白かった。こうした生活に密着した博物館は予備知識がなくても楽しく過ごせる。さて、この翌年アメリカで研修を受けたが、あるパーティでドバイに行ったことに触れ、「面白いところだ」と言ったら、パキスタンのある女性から、ドバイの過酷な労働者にもっと目を向けろとの指摘を受けた。
   観光客が車に乗って移動し、冷房の効いたホテルやショッピングセンターで贅沢な時間を過ごしているのに、40度を超える炎天下で働いている労働者がいたことを思いだした。


ドバイ博物館…2006年夏(その1)2013/07/26 20:01

塙 治夫編訳
『アブー・ヌワース アラブ飲酒詩選』
岩波文庫、1988年

<闇夜の酒>
闇夜、私は酒家に駱駝の荷を下ろした、
そこに住み着く人のように、

私は言った。「生の酒を注いでくれ。
水をまぜたら、燈火のように輝く酒を」



   アラブ首長国連邦のドバイ。真夏なので、ちょっと外に出ただけで汗がたらたらと出てくる。さて、古い建物を改築したドバイ博物館にやってきた。難しい歴史的な展示物ではなく、日常生活をテーマとした博物館なので、楽しく回ることができる。アラブの船が展示されている。海賊なのか商船なのかよくわらない。もっと日常的な船というくらいの大きさだ。なかなかいい趣をかもし出している。

ドバイでチャーハン…2006年夏2012/11/20 23:18

栗山誠著
『東京ディール協奏曲』
2007年、集英社

   アル・ムンタハの内装は天井や赤や黄色の虹のような色使いで覆われていた。
「アラブ人はこういうのが落ち着くのか。謎だ」
   霧谷の呟きは続いた。その時、霧谷は背中で中国語を聞いた。
「中国人はどこにでもいるな、さすがだ」



  ドバイのショッピングセンター。和食はあまりなかったので、中華に手が出てしまう。チャーハンを食べる。ホテルに泊ると、バイキングスタイルの朝食でけっこうお腹いっぱいになることが多い。海外で滞在すると、だいたいこんなパターンになる。だから昼とか夜は軽くなってしまうことが多い。
   だいたいドバイは外国人が多い街だから、純粋にドバイ料理と言えるものは何なのかよく分からない。チャーハンを食べて、また別のカフェに入ったり、いろんな店をふらついたりする。ゆったりと過ごすにはいい街だ。

ドバイでレバノン料理…2006年夏2012/11/16 23:51

栗山誠著
『東京ディール協奏曲』
2007年、集英社

   アラブ首長国連邦(UAE)・ドバイ市。
「何度来ても衝撃だな。絵に描いたようなエマージング・マーケットだ」
   高層階の窓からリゾート開発の進むアラビア湾の湾岸線を見ながら霧谷が呟いた。ドバイの開発は近年、凄まじい勢いで行われている。椰子の木を模した人工島で有名な「パーム・ジュメイラ」の海底トンネルやモノレールなど日本企業の多くのプロジェクトの発注を受けている。遠く離れた中東のオイルマネーが日本企業をも潤しているのだ。



 中東を訪問するのは初めてだ。アラブ首長国連邦のドバイ。きれいなショッピングセンターも多いし、フードコートやカフェもいろいろあって、のんびり過ごすにはいいい。真夏だから外に出ると玉のような汗が止まらないが、建物の中にいると快適だ。ショッピングセンターでレバノン料理を軽くつまむ。シシカバブのような料理だっただろうか。味はまあまあだった。
 何だかよく分からない料理だったとも言えるが。一緒に飲んだドリンクが実にカラフルだった。写真の通りだ。三色のドリンク。とても甘くて、デザートに近いだろうか。カフェでも食堂でも長居をしている人が多い。コーヒー一杯で三時間も四時間も過ごす人も少なくない。外はあまりにも暑く、数分歩くのも大冒険になる。

ワフィー・ショッピング・モール…2006年夏2010/11/23 08:40

シェイクスピア著、福田恒存訳
『アントニーとクレオパトラ』
1972年、新潮文庫

アントニー おれは直ぐ死ぬのだ、エジプトの女王、もう直ぐに。ただ暫しの猶予を、死の神に頼む、今日まで交わしてきたあまたたびの口づけの、悲しい最後の印を、そのお前の唇の上に残してゆきたいのだ。

クレオパトラ それが私にはできない、アントニー、許して。この扉を開ける訳にはいかない、掴まってしまうのだもの。勝ち誇ったシーザーの凱旋の見せ物にどう、どうしてこの身がさらせよう、匕首には刃が、薬には効き目が、そして毒蛇には牙があるというのに。
                    

 ドバイの中心地からはちょっと離れていた。エジプト文明の壮大な雰囲気がたっぷりのショッピングモール。ワフィー・モール。他のショッピングモールに比べると特徴的で、印象が強かった。


 ステンドグラスが特にきれい。ステンドグラスはヨーロッパでよく見られるが、エジプト風の建物にもよく似合う。ピラミッドを模した形であることも分かる。なかなか贅沢なつくりだ。



  まだ工事中のところも多く、これからの発展が楽しみ。もう4年も経っているから、もっときれいになったことだろう。そういえば、ラスベガスにもエジプト風の建物があったことを思い出した。


 レーシングカーが展示されていたが、これも売り物なのだろうか。ドバイは金持ちが多いから、こんなものも普通に展示されているのだろうか。


 これも先ほどと同じくレーシングカー。上から見たもの。いくらくらいするか分からないが、相当高価なものだろう。


 こうしたショッピングモールにはレストランもあるが、気楽に入れるフードコートもある。ドバイ料理というものは基本的にはレバノン料理を基礎としているらしい。カフェもたくさんある。


メルカート…2006年夏2010/11/19 20:33

堺屋太一著
『油断』
1975年、日本経済新聞社

 木村はクゥエートの油田と、日本系企業の開発したカフジの海底油田を見学したあと、最後の訪問国、アラブ首長国連邦へ飛んだ。
 中型双発ジェット機の窓の下に、白い陸地と緑青色の海、そしてその海の中に、草木のない平らな砂島がいくつも見えた。
 アラビア海南岸は多島海だ。首長国連邦政府すら、自国領内にいくつの島があるのか、およその見当もつかない、といっている。つまり、これらの島は、数を調べるほどの価値も認められていなかったのである。


 メルカートというドバイのショッピングモール。ここで紹介する他のモールに比べると小ぶりである。その分、全体の構図がよく分かるし、何よりもこぎれいな感じがした。ジュメイラ・ビーチホテルやバージュ・アル・アラブがある海岸沿いの地域にあった。なお、海岸は一般の人に開放されておらず、ホテルの利用者でないとビーチに出られないなどの制約があるようだ。


シティセンター…2006年夏2010/11/16 00:20

堺屋太一著
『油断』
1975年、日本経済新聞社

 シュメール、アッカドの昔からこの地に侵入し、文化と帝国を築いた民族の数は限りなく多い。エジプトのトトメスや正体不明のヒッタイト、ユダヤのダビデやイランに興ったダリウス、そして偉大な征服者アレキサンダーとそのギリシャ人たち。ガリアとヒスパニアの軍団を率いたローマ帝国のトラヤヌスもまた中東の奥深く侵入したし、東アジアに発したジンギス汗の子孫たちも永くこの地を支配した。北海の霧の中からやって来たキリスト教徒たちでさえ、この地の一角に二百年にわたって王国を保っていた。そして中央アジアを源流とするトルコ人は、この中東の大半をごく最近まで数世紀にわたって統治していたのである。



  ドバイで地元の人にも、観光客にも人気のあるショッピングセンター。シティセンター。空港に近いが、その分、ちょっと中心街からは遠かった気がする。巨大な店で、一日中いても飽きない。


 中には映画館もある。欧米の映画もやっている。ドバイはイスラム圏では最も自由な雰囲気があるから、他のイスラム国から来た人にとっては刺激的な街だろう。


 前回紹介したアバヤを来た女性たちもいるがブルカとかニカブという名のもっと身体を隠す衣裳を来た女性もみかける。こうした女性に近づいて、正面から撮影には気が引ける。


 食料品コーナーをはじめ巨大な売場に圧倒される。電化製品もある。ここではSONYのWALKMANも売っているが、日本の製品もある。ショッピングセンターの中にも両替所もたくさんあるし、アラビア語だけでなく英語の表示も多いので、外国人観光客にとっても快適だ。

アル・グレア・センター・・2006年夏2010/11/12 20:26

イネア・ブシュナク編、久保儀明訳
『アラブの民話』
1995年、青土社

「ぐつぐつ煮立っている七つの大鍋」
 男が家を出ていくと、娘はその後を追うようにして市場<スーク>に出かけ、米、肉、野菜、パンと店先に並べてあるものを大急ぎで片端から買いまくりました。煮込み用の鍋を幾つか買い込むと、それらをすべて火の上に吊るして薪を山とくべました。しばらくすると、油でサフランを揚げる匂いが家中に満ち溢れました。


 アラブ首長国連邦のドバイ。ここは滞在していたホテルにも近いショッピングセンター。アル・グレア・センターという名前の店だ。バール・ジュマン・センターに比べると、ちょっと渋めの感じがした。ここは日本食もあるとのことで、日本人滞在者も重宝しているらしい。ブランド品など世界中どこでもあるので、食材を見たりする方が楽しい。


 ホテルに近いと書いたように、めちゃくちゃ暑くなければ、歩いて帰れる距離だ。どうしようかと迷ったし、タクシー乗り場に行列ができていたが結局はタクシーで帰った。店の中にはカフェも多いので、ゆっくり時間をつぶすこともできる。インド人の運転手が多いが、この時はパキスタン人だった。「日本人か中国人」かと聞かれた。