大連の吉野家、王将…2007年春 ― 2012/11/23 21:33
茂木 信太郎著
『吉野家』
生活情報センター、2006年
東京地方裁判所は、1987年(昭和63)年3月、吉野家の会社更生手続きを終結を決定した。
(中略)
倒産の原因は、何であったのか。
つぶさに明らかにされている。それは、安くもない、うまくもない、牛丼を売ったからだと。では、いったいなぜ、安くもない、うまくもない、牛丼となってしまったのか。
急激な店舗増設による牛肉需要の急増化に、牛肉の供給が追いつかなくなったからである。
中国東北地方の大連。この街は歩いて回れるので、効率的に観光することができる。繁華街は賑わっている。外食産業も勢いがある。吉野家があった。わざわざ中国まで来て日本の牛丼とは思ったが、食べたくなってしまう。日本の牛丼と同じで大変おいしい。価格も日本と変わらない。ということは大連の人にとってはかなり贅沢な食事になるだろう。
『吉野家』
生活情報センター、2006年
東京地方裁判所は、1987年(昭和63)年3月、吉野家の会社更生手続きを終結を決定した。
(中略)
倒産の原因は、何であったのか。
つぶさに明らかにされている。それは、安くもない、うまくもない、牛丼を売ったからだと。では、いったいなぜ、安くもない、うまくもない、牛丼となってしまったのか。
急激な店舗増設による牛肉需要の急増化に、牛肉の供給が追いつかなくなったからである。
中国東北地方の大連。この街は歩いて回れるので、効率的に観光することができる。繁華街は賑わっている。外食産業も勢いがある。吉野家があった。わざわざ中国まで来て日本の牛丼とは思ったが、食べたくなってしまう。日本の牛丼と同じで大変おいしい。価格も日本と変わらない。ということは大連の人にとってはかなり贅沢な食事になるだろう。
王将もあった。こちらには入らなかったが、日本の外食産業の意気込みをかんじることができた。経済が豊かになるにしたがって、食生活も変化する。特にアジア諸国は変化を簡単に受け入れる。インドなどはもう少し食生活に対して保守的なようだが。
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