ナホトカ支線(シベリア鉄道)の寝台に乗る…1980年夏(その8) ― 2022/02/08 11:14
A.ジノビエフ 作・画、川崎浹 訳
『酔いどれロシア : 戯画詩集』
岩波書店、1991年
<綱領>
教会と国家に酔いどれを各々分担させよう。
勤労者には自由に心ゆくまで呑ませよう。
『酔いどれロシア : 戯画詩集』
岩波書店、1991年
<綱領>
教会と国家に酔いどれを各々分担させよう。
勤労者には自由に心ゆくまで呑ませよう。
これもちょっとした寂しい風景だ。ちょっと遠くに見える畑は小麦畑か何かだろうか。当時のソ連は農業が特にうまくいかず、小麦をアメリカなどから輸入するという事態に陥っていた。ただでさえ外貨が少ないソ連だけに、国民生活もその分、かなり貧しくなってしまったのだろう。コルホーズ、ソホーズなどという言葉は中学生あたりの社会の教科書に出てきたが、なかなか効率的な制度ではなかったのは明らかだ。ゴルバチョフなど農業政策で成果を収めた人物がソ連政府や共産党内で出世していた。ソ連にとって農業はアキレス腱と言われていた。

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