ベルヴェデーレ宮殿見学から帰国まで(その30)…2016年夏2018/07/13 08:36

赤川次郎著
『青きドナウの吸血鬼』
集英社文庫、2015年

<吸血鬼と花嫁の宴>
「危ないわ!」


   最近のヨーロッパではイスラム教徒の姿をよく見かける。ここオーストリアでも移民やイスラム教に厳しい政策をとる政党が伸長している。もともとウィーンは雑多な民族や文化が交わる場所でもある。


ベルヴェデーレ宮殿見学から帰国まで(その27)…2016年夏2018/07/10 08:35

赤川次郎著
『青きドナウの吸血鬼』
集英社文庫、2015年

<吸血鬼と花嫁の宴>
「あれ、エリカ」


   ここは駅ビルの中にあるスーパーマーケット。ウィーンではこの店がけっこうあった。デリも兼ねているようで、おいしそうな食材を見るのも楽しい。空港に戻る時間が少しずつ迫ってくる。ホテルは空港内にあるので、チェックアウトをして、荷物は預けてある。できるだけ身軽なかっこうでウィーンでの最後の時間を過ごす。


京畿道 水原を歩く…2014年夏(その20)2015/12/20 07:22

阿部美穂子著
『韓国幸せごはん--阿部美穂子の食べてキレイになる!--』
ワニブックス、2006年

   韓国では、31日のハロウィンを前にして、レストランやカフェ、遊園地やホテルなどでも様々なイベントが行われます。


   駅前のデパートの飲食店街。意外と日本食の店が多い。他の売り場も活気がある。けっこう人が多くて、賑わっていた。地元の人が多いのだろう。水原華城の方はそんなに人がいなかったが、地元の人がしょっちゅう来る所ではないだろうから。



ワフィー・ショッピング・モール…2006年夏2010/11/23 08:40

シェイクスピア著、福田恒存訳
『アントニーとクレオパトラ』
1972年、新潮文庫

アントニー おれは直ぐ死ぬのだ、エジプトの女王、もう直ぐに。ただ暫しの猶予を、死の神に頼む、今日まで交わしてきたあまたたびの口づけの、悲しい最後の印を、そのお前の唇の上に残してゆきたいのだ。

クレオパトラ それが私にはできない、アントニー、許して。この扉を開ける訳にはいかない、掴まってしまうのだもの。勝ち誇ったシーザーの凱旋の見せ物にどう、どうしてこの身がさらせよう、匕首には刃が、薬には効き目が、そして毒蛇には牙があるというのに。
                    

 ドバイの中心地からはちょっと離れていた。エジプト文明の壮大な雰囲気がたっぷりのショッピングモール。ワフィー・モール。他のショッピングモールに比べると特徴的で、印象が強かった。


 ステンドグラスが特にきれい。ステンドグラスはヨーロッパでよく見られるが、エジプト風の建物にもよく似合う。ピラミッドを模した形であることも分かる。なかなか贅沢なつくりだ。



  まだ工事中のところも多く、これからの発展が楽しみ。もう4年も経っているから、もっときれいになったことだろう。そういえば、ラスベガスにもエジプト風の建物があったことを思い出した。


 レーシングカーが展示されていたが、これも売り物なのだろうか。ドバイは金持ちが多いから、こんなものも普通に展示されているのだろうか。


 これも先ほどと同じくレーシングカー。上から見たもの。いくらくらいするか分からないが、相当高価なものだろう。


 こうしたショッピングモールにはレストランもあるが、気楽に入れるフードコートもある。ドバイ料理というものは基本的にはレバノン料理を基礎としているらしい。カフェもたくさんある。


メルカート…2006年夏2010/11/19 20:33

堺屋太一著
『油断』
1975年、日本経済新聞社

 木村はクゥエートの油田と、日本系企業の開発したカフジの海底油田を見学したあと、最後の訪問国、アラブ首長国連邦へ飛んだ。
 中型双発ジェット機の窓の下に、白い陸地と緑青色の海、そしてその海の中に、草木のない平らな砂島がいくつも見えた。
 アラビア海南岸は多島海だ。首長国連邦政府すら、自国領内にいくつの島があるのか、およその見当もつかない、といっている。つまり、これらの島は、数を調べるほどの価値も認められていなかったのである。


 メルカートというドバイのショッピングモール。ここで紹介する他のモールに比べると小ぶりである。その分、全体の構図がよく分かるし、何よりもこぎれいな感じがした。ジュメイラ・ビーチホテルやバージュ・アル・アラブがある海岸沿いの地域にあった。なお、海岸は一般の人に開放されておらず、ホテルの利用者でないとビーチに出られないなどの制約があるようだ。


シティセンター…2006年夏2010/11/16 00:20

堺屋太一著
『油断』
1975年、日本経済新聞社

 シュメール、アッカドの昔からこの地に侵入し、文化と帝国を築いた民族の数は限りなく多い。エジプトのトトメスや正体不明のヒッタイト、ユダヤのダビデやイランに興ったダリウス、そして偉大な征服者アレキサンダーとそのギリシャ人たち。ガリアとヒスパニアの軍団を率いたローマ帝国のトラヤヌスもまた中東の奥深く侵入したし、東アジアに発したジンギス汗の子孫たちも永くこの地を支配した。北海の霧の中からやって来たキリスト教徒たちでさえ、この地の一角に二百年にわたって王国を保っていた。そして中央アジアを源流とするトルコ人は、この中東の大半をごく最近まで数世紀にわたって統治していたのである。



  ドバイで地元の人にも、観光客にも人気のあるショッピングセンター。シティセンター。空港に近いが、その分、ちょっと中心街からは遠かった気がする。巨大な店で、一日中いても飽きない。


 中には映画館もある。欧米の映画もやっている。ドバイはイスラム圏では最も自由な雰囲気があるから、他のイスラム国から来た人にとっては刺激的な街だろう。


 前回紹介したアバヤを来た女性たちもいるがブルカとかニカブという名のもっと身体を隠す衣裳を来た女性もみかける。こうした女性に近づいて、正面から撮影には気が引ける。


 食料品コーナーをはじめ巨大な売場に圧倒される。電化製品もある。ここではSONYのWALKMANも売っているが、日本の製品もある。ショッピングセンターの中にも両替所もたくさんあるし、アラビア語だけでなく英語の表示も多いので、外国人観光客にとっても快適だ。

アル・グレア・センター・・2006年夏2010/11/12 20:26

イネア・ブシュナク編、久保儀明訳
『アラブの民話』
1995年、青土社

「ぐつぐつ煮立っている七つの大鍋」
 男が家を出ていくと、娘はその後を追うようにして市場<スーク>に出かけ、米、肉、野菜、パンと店先に並べてあるものを大急ぎで片端から買いまくりました。煮込み用の鍋を幾つか買い込むと、それらをすべて火の上に吊るして薪を山とくべました。しばらくすると、油でサフランを揚げる匂いが家中に満ち溢れました。


 アラブ首長国連邦のドバイ。ここは滞在していたホテルにも近いショッピングセンター。アル・グレア・センターという名前の店だ。バール・ジュマン・センターに比べると、ちょっと渋めの感じがした。ここは日本食もあるとのことで、日本人滞在者も重宝しているらしい。ブランド品など世界中どこでもあるので、食材を見たりする方が楽しい。


 ホテルに近いと書いたように、めちゃくちゃ暑くなければ、歩いて帰れる距離だ。どうしようかと迷ったし、タクシー乗り場に行列ができていたが結局はタクシーで帰った。店の中にはカフェも多いので、ゆっくり時間をつぶすこともできる。インド人の運転手が多いが、この時はパキスタン人だった。「日本人か中国人」かと聞かれた。


バール・ジュマン・センター…2006年夏2010/11/09 22:59

イネア・ブシュナク編、久保儀明訳
『アラブの民話』
1995年、青土社

「緑の雄鶏」
 僕のお父さんのお嫁さんは、僕の命を奪い
 僕のお父さんは、お客さんと一緒に僕を食べてしまった
 僕の大好きなお姉さんが僕の骨を拾い集め
 罰当たりどもから隠してくれた

「あの鳥の鳴き声を聞くんだ。あの鳥は、何て言ってるんだ?」と父親が言いました。すると奥さんは、「鶏がただ鳴いているだけじゃありませんか。騒がないで食事をしましょう」と答えました。



 夏のドバイはとにかく暑い。最初に、勢い余って外を散歩したが、汗だくになって急いでホテルに戻る。そこでタクシーを使って、ショッピングセンター巡りを中心に行動することになる。最初に行ったのが、バール・ジュマン・センター。ここはブランド品やおしゃれな衣服がたくさんあって、高級感が漂っている。


 何よりも涼しいので、快適そのものだ。ドバイではしつこい物売りも少ないので、そこから避難するという目的はない。ベトナムのホーチミンでは街中の商店はしつこかったので、そこから逃げるという意味でショッピングセンターに入ったこともある。孔雀をモチーフとした展示はなかなか豪華で、このショッピングセンターにも似合っている。


シャルジャのショッピングセンター…2006年夏2010/11/05 20:08

イネア・ブシュナク編、久保儀明訳
『アラブの民話』
1995年、青土社

「娘の服を着た少年」
 そこで、父親は、絹の腰帯、ふさ飾りのついたスカーフ、頭に巻く木綿の布、裾が踝まで垂れているゆったりした服など、娘が必要とするあれこれのものを息子に買い与えました。鮮やかな色の縫い取りのある腰紐、一対の腕輪、指輪、黄色い革靴など、ちょっとした装身具も用意しました。母親は、フサームの前髪を眉に合わせて切り揃えると、後髪を三つ編みに結って黒い絹のリボンをつけ、できるだけ娘らしく見えるようにしました。



 ここはドバイ近郊のシャルジャにあるショッピングセンター。セントラルマーケットという名前だ。ドバイとは別の首長国で、イスラムの戒律はもっと厳格だという。外から見た概観はとて立派だ。なかなかエキゾチックで、魅力的な建物だ。


 中もそれなりにきれいだが、人が少ない。ドバイのショッピングセンターに比べると閑散としている。日本のさびれた商店街のようなオーラが漂っている。まあ、それでものんびりとウィンドウショッピングをするにはいいのかなと思う。


 ところが、物売りがやたらしつこい。ドバイだと静かにお店を見ていられるが、すぐに店員がやって来て、なんだか落ち着かない。お客さんが少ないだけに、あせっているのか。それともそういう文化なのか。戒律が厳しい首長国では却ってこうなってしまうのか。店員は現地の人というよりは出稼ぎの人が多い感じ。


 これは女性用の衣裳。アバヤ。アバヤにもいろんな種類がある。どこまで隠すのか程度が違ってくる。右と左の衣裳では顔を隠す度合いが異なっている。こうした違いは国とか地方によって違うのだろうか。下のほうにある顔だけのマネキンも不思議な印象を受ける。はっきりいって、ちょっとこわい。


サンフランシスコのスーパー…2007年秋~冬2010/11/02 21:30

亀井俊介、 川本 皓嗣編
『アメリカ名詩選』
1993年、岩波文庫

アレン・ギンズバーグ
「カリフォルニアのスーパーマーケット」
何という桃、何という濃淡の間だろう! 家族全員が真夜中のショッピングに繰り出している! 通路は夫たちで一杯だ!妻たちはアボガド、赤ん坊はトマトのなかにいる!--そしてガルシア・ロルカ、あなたは西瓜のそばで、何をしていたのか。



 リアル・フードというスーパーマーケットにやってきた。サンフランシスコにおける最後の日程なので、名残惜しくなる。ワシントンDC、セントルイス、サンフランシスコ、ホノルルという4つの拠点でアメリカで研修を受けていた。まだハワイでの研修が残っているが、だんだんと日本に近づき、普段の仕事に戻るかと思うとつらいものがある。ホールフーズとはうって変わって、写真撮影もOK。フランクな感じで、どうぞご自由にという態度。


 サンフランシスコ市民は有機食品が好きである。このスーパーにもその類のものがけっこうあるという。野菜や果物も新鮮なものが多い。カリフォルニアは環境や食品表示など経済的な規制も厳しいが、それでもこの地でビジネスをやりたいと人が多い。サンフランシスコは優秀で独創的な人間が多いし、芸術や文化の面でも魅力的な街だ。


 この店に限らず、シリアルはいろんな種類がある。日本のホテルの朝食会で洋食にしたりすると、シリアルが出て、「犬の餌みたいで嫌だ」と年輩の人が文句をいうこともある。確かに、日本ではシリアルがなかなか普及しない。普通のスーパーだと置いてあるが、コンビニだとないところもある。コンビニにないということは、生活必需品ではないということか。リアル・フードの視察でアメリカ本土の公式日程は終わり。その後、近くの酒屋でワインなどを物色した。