サハリン州郷土博物館(その32)…2012年夏 ― 2014/02/15 07:38
川嶋康男著
『「九人の乙女」はなぜ死んだか―樺太・真岡郵便局電話交換手集団自決の真相』
恒友出版、1989年
「死んだらだめよ。死ななくてもいいじゃない。死んだらだめよ!」
叫び続けるナセ。市外、市内ともに共通ジャックでモニターしている泊居極交換手の耳に、千枝の静かな声が流れてきた。
「もうみんな死んでます。私も乙女のまま潔く死にます。みなさん、さようなら……」
余韻を残すかのように別れの言葉を繰り返した。
「伊藤さん、死なないで。死んじゃだめよ、頑張って、頑張るのよ」
着台していた交換手の誰もが叫んだ。絶叫がやがて涙声に変わる泊居の電話交換室。黙座したまま交換台にこぶしを打ちつける者、うなだれる者……
真岡局はそれっきり応答しなかった。
『「九人の乙女」はなぜ死んだか―樺太・真岡郵便局電話交換手集団自決の真相』
恒友出版、1989年
「死んだらだめよ。死ななくてもいいじゃない。死んだらだめよ!」
叫び続けるナセ。市外、市内ともに共通ジャックでモニターしている泊居極交換手の耳に、千枝の静かな声が流れてきた。
「もうみんな死んでます。私も乙女のまま潔く死にます。みなさん、さようなら……」
余韻を残すかのように別れの言葉を繰り返した。
「伊藤さん、死なないで。死んじゃだめよ、頑張って、頑張るのよ」
着台していた交換手の誰もが叫んだ。絶叫がやがて涙声に変わる泊居の電話交換室。黙座したまま交換台にこぶしを打ちつける者、うなだれる者……
真岡局はそれっきり応答しなかった。
日本人がたくさん住んでいた頃の生活用品などがある。時計、剣道着、楽器、食器、火鉢、石臼、算盤などいろいろある。なかなかどっしりとした、立派なものが多い。
今は便利になったが、使っている物は安くなっている。左下は結婚式の写真のようだ。その上は畑を耕している写真。この地には朝鮮系の人たちもいた。
寒い地域だけに、収穫できる時期も限られていたのだろうか。気候について考えたら、稲作には適しているとは言えないが、コメは少しは栽培されていたようである。現在、この島では、じゃがいもなどの野菜をはじめ、牛や豚などの牧畜も盛んとのこと。
いずれにしても、こういう生活用品や写真を見ると、当時の人々の苦労がしのばれる。
今は便利になったが、使っている物は安くなっている。左下は結婚式の写真のようだ。その上は畑を耕している写真。この地には朝鮮系の人たちもいた。
寒い地域だけに、収穫できる時期も限られていたのだろうか。気候について考えたら、稲作には適しているとは言えないが、コメは少しは栽培されていたようである。現在、この島では、じゃがいもなどの野菜をはじめ、牛や豚などの牧畜も盛んとのこと。
いずれにしても、こういう生活用品や写真を見ると、当時の人々の苦労がしのばれる。

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