ヘルシンキ--タリン間のフェリー航路(その1)…2013年夏 ― 2014/07/17 19:57
池澤夏樹著
『きみのためのバラ』
新潮社、2007年
「ヘルシンキ」
あ、ああ、りんごジュースね、と男の声がした。ホテルの食堂、ビュヘの朝食の雑踏の中からその言葉が日本語で立った。それに呼応する子供の声を直前に聞いたのだが、そちらは日本語ではなかったようだ。
2013年の夏はヘルシンキを拠点に旅をした。直前に申し込んだこともあり、直行便はとれなかった。アムステルダム経由になった。KLMオランダ航空の機内では、よその国のガイドブックを見ている人たちばかり。ヘルシンキとエストニアのタリンは距離も近く、フェリーで結ばれていることを知り、タリンにも行くことにした。
バルト諸国は、ソ連時代のリトアニアに行ったことがある。だが、エストニアには行ったことはなかった。だからエストニアは初めての訪問になる。ヘルシンキ港からフェリーに乗る。電光掲示板があって、どこ行きの船がいつから乗船できるかとか、どこから出港するかとか書かれている。
『きみのためのバラ』
新潮社、2007年
「ヘルシンキ」
あ、ああ、りんごジュースね、と男の声がした。ホテルの食堂、ビュヘの朝食の雑踏の中からその言葉が日本語で立った。それに呼応する子供の声を直前に聞いたのだが、そちらは日本語ではなかったようだ。
2013年の夏はヘルシンキを拠点に旅をした。直前に申し込んだこともあり、直行便はとれなかった。アムステルダム経由になった。KLMオランダ航空の機内では、よその国のガイドブックを見ている人たちばかり。ヘルシンキとエストニアのタリンは距離も近く、フェリーで結ばれていることを知り、タリンにも行くことにした。
バルト諸国は、ソ連時代のリトアニアに行ったことがある。だが、エストニアには行ったことはなかった。だからエストニアは初めての訪問になる。ヘルシンキ港からフェリーに乗る。電光掲示板があって、どこ行きの船がいつから乗船できるかとか、どこから出港するかとか書かれている。

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