ヘルシンキ--タリン間のフェリー航路(その5)…2013年夏 ― 2014/07/26 05:57
ヤーン・クロス著、沼野充義監修・解説、沢崎冬日訳
『狂人と呼ばれた男--あるエストニア人貴族の愛と反逆』
日本経済新聞社、1995年
もちろん、彼女の言うとおりだった。私たちはあわてて身づくろいし、彼女に私のコートを着せて(雨はほとんどやんでいた)送り出した。私たちは明日の正午、荘園の公園の裏で落ちあうと約束した。そこはライ麦畑と、公園の北東の角にのびたハンノキの低い木立に囲まれた場所だった。
乗船するフェリーの姿がはっきり見えてきた。このスーパースターは36,400トンのかなり大きな船。黄緑を基調としたきれいな船。実は、昔乗ったことのある青函連絡船や横浜とナホトカを結んでいたバイカル号はせいぜい5,000トンくらいだった。
スーパースターは時速50キロくらいの高速で巡航する。また青函連絡船の話になるが、時速30キロくらいだったと思う。だから巨大な船がかなりの高速で動くわけだ。タリンクシリヤラインという会社がやっているが、他にもヘルシンキとストックホルム、リガとストックホルムというもっと長い航路もある。
『狂人と呼ばれた男--あるエストニア人貴族の愛と反逆』
日本経済新聞社、1995年
もちろん、彼女の言うとおりだった。私たちはあわてて身づくろいし、彼女に私のコートを着せて(雨はほとんどやんでいた)送り出した。私たちは明日の正午、荘園の公園の裏で落ちあうと約束した。そこはライ麦畑と、公園の北東の角にのびたハンノキの低い木立に囲まれた場所だった。
乗船するフェリーの姿がはっきり見えてきた。このスーパースターは36,400トンのかなり大きな船。黄緑を基調としたきれいな船。実は、昔乗ったことのある青函連絡船や横浜とナホトカを結んでいたバイカル号はせいぜい5,000トンくらいだった。
スーパースターは時速50キロくらいの高速で巡航する。また青函連絡船の話になるが、時速30キロくらいだったと思う。だから巨大な船がかなりの高速で動くわけだ。タリンクシリヤラインという会社がやっているが、他にもヘルシンキとストックホルム、リガとストックホルムというもっと長い航路もある。

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