タリン(エストニア)旅情…2013年夏(その42)2016/04/02 06:28

アイノ・ペルピグ著、田中かな子訳、エドガル・ワリテル絵
『モーラばあさんの超能力』
大日本図書、1991年 

   ある夜のこと、ババ=モーラは、真っ暗になって森からかえることになった。


   トーンペア城と隣接している塔がある。これは1500年に完成したもので、「のっぽのヘルマン」という名前がついている。高さは50メートルほど。最上部には支配者の旗が掲揚されることになっている。エストニアは独立を果たしたわけだから、今は当然、エストニアの国旗が掲揚されている。


タリン(エストニア)旅情…2013年夏(その43)2016/04/03 07:38

アイノ・ペルピグ著、田中かな子訳、エドガル・ワリテル絵
『モーラばあさんの超能力』
大日本図書、1991年

   あらしは、今までどおり、いきおいよくあれくるっている。

   このトーンペア城、すなわち国会議事堂はピンクというか桜色を基調とするきれいな建物である。国会議事堂になっているので、勝手に中に入るわけにはいかない。 エストニア議会は一院制で、定数はほぼ100人である。首相も、大統領も議会から選ばれるとのこと。


タリン(エストニア)旅情…2013年夏(その44)2016/04/05 08:52

アイノ・ペルピグ著、田中かな子訳、エドガル・ワリテル絵
『モーラばあさんの超能力』
大日本図書、1991年

   ババ=モーラは、大いそぎで薬草のたばから茎や花をとりだすと、釜の中になげいれた。


   トーンペア城のある敷地の小さな緑地というか公園。日本の国会に比べると、敷地もとても狭い。こじんまりとしているが、赤い花、白い花が植えられていて、とても雰囲気がいい。真夏なので、太陽光線がとても強い。


タリン(エストニア)旅情…2013年夏(その45)2016/04/07 09:15

アイノ・ペルピグ著、田中かな子訳、エドガル・ワリテル絵
『モーラばあさんの超能力』
大日本図書、1991年

   おんばはつけたした。
「せめて、お医者をよんでおくれよう!」


   トーンペア城をちょっと別の角度から撮影した写真。どっちみちこの日は日曜日だった。国会も休みだったのだろう。人気が少ないのは当然だろう。アレクサンドル・ネフスキー大聖堂に比べると、こちらはあまりにも観光客が少なかった。


タリン(エストニア)旅情…2013年夏(その46)2016/04/09 08:39

アイノ・ペルピグ著、田中かな子訳、エドガル・ワリテル絵
『モーラばあさんの超能力』
大日本図書、1991年

   水夫は、大いそぎで家からとびだすと、岸辺へかけだした。


   トーンペア城の敷地から街路を見下ろす。緑がとても多いことがわかる。観光バスもけっこう来ている。観光シーズンとしては最高の時期だろう。ヨーロッパ人らしき人が多かった。長い休暇をとって、ゆっくり過ごしているようで、うらやましいなと思う。


タリン(エストニア)旅情…2013年夏(その47)2016/04/10 21:59

アイノ・ペルピグ著、田中かな子訳、エドガル・ワリテル絵
『モーラばあさんの超能力』
大日本図書、1991年

   ババ=モーラは、病気の一日めから薬を飲むのはいやだった。


   これもトーンペア城の敷地から市内を見下ろした風景。港まで見える。港から徒歩で来たから、街の様子もよくわかる。小高い丘だから、市街を眺望するのにも都合のいい場所である。観光はできるだけ、歩ける場合は歩くようにしている。


   それから、これはアレクサンドル・ネフスキー大聖堂の前にいた人たち。ロマの人たちだろうか。観光客からお金を恵んでもらっているようだ。ずいぶん前のことだが、ソ連のレニングラードでロマの人にお金をとられたことがある。ロマの人たちすべてがこんなことをしているわけでもないだろうが。


タリン(エストニア)旅情…2013年夏(その48)2016/04/12 09:05

アイノ・ペルピグ著、田中かな子訳、エドガル・ワリテル絵
『モーラばあさんの超能力』
大日本図書、1991年

   ババ=モーラは毛布をはぐと、体温を調整するために、窓を大きくあけた。


   ヨハン・プィトカという人の胸像。最初は「誰だろう、レーニンに似ているな」と思ったが、ソ連を嫌いなエストニアでレーニンに関するものがあるわけがない。エストニア独立運動で重要な役割を果たした政治家、軍人である。海軍少将をつとめたことがある。第二次世界大戦時には独ソ両軍と戦うが、行方不明になっている。白い花とエストニアの国旗と同じ色をしたリボンが添えられている。この国を代表する英雄なのだろう。


タリン(エストニア)旅情…2013年夏(その49)2016/04/14 10:54

アイノ・ペルピグ著、田中かな子訳、エドガル・ワリテル絵
『モーラばあさんの超能力』
大日本図書、1991年

「いいともさ。でも、足の治療につかう薬だけでももっていこうかね。」
   おんばがいった。


   こちらは名前もきちんと写っている。やはりエストニアの軍人だ。ヨハネス・オラスマと読むのだろうか。1890年12月3日に生まれ、1943年5月24日に亡くなっている。ロシア軍として戦った経験もある。その後、エストニア独立のために戦い、ソ連に併合されて、逮捕されて、銃殺刑に処せられている。
    

タリン(エストニア)旅情…2013年夏(その50)2016/04/16 06:50

アイノ・ペルピグ著、田中かな子訳、エドガル・ワリテル絵
『モーラばあさんの超能力』
大日本図書、1991年

   トルムは、もう十八回めの船はもらえなかった。そこで、船長は、陸にあがることになった。


   荘厳な建物がある。カールリ教会。19世紀においてタリンで最も大きな教会だったようだ。英語では、チャールズ教会という名前。二つの尖塔があって、なかなかいい形をしている。スウェーデン王チャールズ6世の命令によって建てられたのこと。最初は木造だったようで、火災にも遭っている。ルーテル教会だから、当然プロテスタントの教会だ。


タリン(エストニア)旅情…2013年夏(その51)2016/04/17 07:55

アイノ・ペルピグ著、田中かな子訳、エドガル・ワリテル絵
『モーラばあさんの超能力』
大日本図書、1991年

   ババ=モーラは、ぬれた服をぬいで、よこになるよう、水夫にいった。


   ここは、"Kaarli puiestee"という通り。英語だと、「セントチャールズアベニュー」という訳になるだろうか。前回紹介したセントチャールズ教会周辺の通りで、2本の道に同じ名前がついているようだ。緑豊かなエリアである。旧市街は歴史的な建物が多くて、樹木を植えるわけにもいかないが、こうした地域は緑が多い。都市計画、まちづくりがしっかりしている都市だ。