立原正秋著
『新潮現代文学 61 冬のかたみに・帰路』
新潮社、1980年
<冬のかたみに>
ところが山をおりる日にこの靴下も消えていた。
これもきれいなステンドグラスである。使徒、教父の誰かだろうか。子供の時に、セロハンを使って、ステンドグラスの作品をつくらされたような記憶がある。これはすぐ誰かわからない。使徒か聖人か。カトリックの聖人はたくさんいるので、こんなにもという印象を持つことがある。そして、毎年のように列福者、列聖者が決められている。マザーテレサの列聖もとてもはやかったことを思い出す。
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