タリン市博物館…2013年夏 ― 2013/08/20 20:03
ヤーン・クロス著、沼野充義監修・解説、沢崎冬日訳
『狂人と呼ばれた男--あるエストニア人貴族の愛と反逆』
日本経済新聞社、1995年
ファン・ボック男爵はエストニア語を話した。かなり流暢ではあったが、それでも彼の発音には硬くとげとげしいドイツ語訛りが混ざっていた。(私は今でもそれを聞くとたじろいでしまう)。
ヘルシンキに宿をとったが、対岸にあるエストニアのタリンにも行ってみた。バルト諸国を訪問するのは33年ぶりのことだ。まだソビエト連邦の一員だったリトアニアのビリニュスを訪問したことがある。ソ連崩壊の時期、バルト諸国はソ連から独立した。タリンはヘルシンキよりも小さな街。中世のたたずまいを残した街で、石畳の坂道が美しい。タリン市博物館に入る。
この建物の歴史は14世紀までさかのぼる。典型的な中世のつくりである。何世紀にもわたって商人や町の議員らによって所有されてきた。1963年から65年に修復され、博物館として利用されることとなった。最後の修復は2000年に行われ、現在の姿となった。先史時代から1991年の独立までの期間についての展示物がある。ソ連時代の生活用品などもあった。
『狂人と呼ばれた男--あるエストニア人貴族の愛と反逆』
日本経済新聞社、1995年
ファン・ボック男爵はエストニア語を話した。かなり流暢ではあったが、それでも彼の発音には硬くとげとげしいドイツ語訛りが混ざっていた。(私は今でもそれを聞くとたじろいでしまう)。
ヘルシンキに宿をとったが、対岸にあるエストニアのタリンにも行ってみた。バルト諸国を訪問するのは33年ぶりのことだ。まだソビエト連邦の一員だったリトアニアのビリニュスを訪問したことがある。ソ連崩壊の時期、バルト諸国はソ連から独立した。タリンはヘルシンキよりも小さな街。中世のたたずまいを残した街で、石畳の坂道が美しい。タリン市博物館に入る。
この建物の歴史は14世紀までさかのぼる。典型的な中世のつくりである。何世紀にもわたって商人や町の議員らによって所有されてきた。1963年から65年に修復され、博物館として利用されることとなった。最後の修復は2000年に行われ、現在の姿となった。先史時代から1991年の独立までの期間についての展示物がある。ソ連時代の生活用品などもあった。


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