フィリップスコレクション(その3)…2007年秋~冬2013/06/11 22:39

エミール・ゾラ著、清水正和訳
『制作(下)』
岩波文庫、1999年

   そして彼の眼前にあるのは、もはや冷たくなった息子の姿ではなく、一個のモデル、情熱をかき立ててやまない一つの画題と化していた。巨大な頭の輪郭、鑞のような肌の色調、虚空を見つめる穴のような目、それらのすべてが彼を昂奮させ、燃え立たせていた。彼は、後ろにさがったり、じっと見つめたり、ときには作品を見て、かすかに微笑を浮かべさえしていた。



   絵画そのものから話がそれるが、このフィリップスコレクションに行ったとき、まさにアメリカらしい出来事に遭遇した。日本ではあまりないことだ。美術館に入る前に荷物を預けることになるので、そこに並んでいたが、なかなか列が進まない。荷物を取りに来た人がいたのだが、係りの人がどの荷物がわからなくなってしまい、その対応だけに追われていた。
   自分も含めて、これから荷物を預けて、美術館に入る人は待ちぼうけをくらった。美しい美術館という高尚な世界、あまりレベルの高くない労働者。こうしたギャップがなんとなく面白く思えてしまう。社会全体としては健全な気がする。何でもきっちり物事が運ぶ日本は素晴らしい社会だが、ある種の息苦しさが付きまとうこと事実だ。