ウィーン・ハイリゲンシュタットを歩く(その26)…2016年夏2016/10/01 07:10

ロマン・ロラン著、片山敏彦訳
『ベートーヴェンの生涯 』
岩波文庫、1965年

〈ベートーヴェンの手紙〉
腹の方はほとんど良くなっている。


   こちらはベートーヴェンの後ろ姿。この帽子もなかなか渋い。コートを着ているので、寒い時期がモデルだろうか。それとも秋口だろうか。北国ウィーンでは秋からかなり寒くなるようだ。こうした像だけでも、ベートーヴェンの気迫が伝わってくる。


ウィーン・ハイリゲンシュタットを歩く(その27)…2016年夏2016/10/02 08:17

ロマン・ロラン著、片山敏彦訳
『ベートーヴェンの生涯 』
岩波文庫、1965年

〈ベートーヴェンの手紙〉
三年以来僕の聴覚は次第に弱くなった。


   屋外で卓球をしている少年たちがいた。ちょうどこの頃、リオデジャネイロでオリンピックをやっていた。卓球もかなり盛り上がったようだ。外ではネットがつながらないが、ホテルに戻るとWi-Fiがつながるので、日本のニュースもすぐ見られる。海外に来て、あまりにも簡単に日本の情報が入手できるようになったことはありがたいが、興ざめになることもある。



ウィーン・ハイリゲンシュタットを歩く(その28)…2016年夏2016/10/03 08:48

ロマン・ロラン著、片山敏彦訳
『ベートーヴェンの生涯 』
岩波文庫、1965年

〈ベートーヴェンの手紙〉
過去の追憶が今日僕の胸を緊めつける。


   公園にあった遊戯具。日本にもよくありがちな光景だ。ハイリゲンシュタット公園は地元の人たちの憩いの場でもあるのだろう。ヨーロッパの人は夏休みも長期間とるせいもあって、住民の多くは出かけているかもしれない。海外に行くと、ドイツ語を話している家族が大きなスーツケースを持って、一か所に長いこと滞在している場面によく出会う。


ウィーン・ハイリゲンシュタットを歩く(その29)…2016年夏2016/10/04 08:52

ロマン・ロラン著、片山敏彦訳
『ベートーヴェンの生涯 』
岩波文庫、1965年

〈ベートーヴェンの思想断片〉
音楽は人々の精神から炎を打ち出さなければならない。


   ハイリゲンシュタット駅に向かって、もと来た道を戻る。旅程も短いので、あまりのんびりしてるわけにはいかない。人気の少ない住宅地の歩道を歩く。そこそこの高級住宅街だ。例によって車がきれいにとめられている。


ウィーン・ハイリゲンシュタットを歩く(その30)…2016年夏2016/10/05 09:06

ロマン・ロラン著、片山敏彦訳
『ベートーヴェンの生涯 』
岩波文庫、1965年

〈ベートーヴェンの思想断片〉
ピアノを用いないで作曲することが大事であります。


   行きに撮った建物の写真を別のアングルで撮影する。なんかロシアの寺院みたいな雰囲気もするが、それとは違うだろう。ただウィーンはいろんな地域の文化が混ざり合った地域である。西欧と東欧が接する面白い地域でもある。芸術や学問が発達した地域でもある。ウィーン学(楽)派といえば、音楽、哲学、経済学などでも世界をリードしたグループであることを改めて認識する。


ウィーン・ハイリゲンシュタットを歩く(その31)…2016年夏2016/10/06 08:58

ロマン・ロラン著、片山敏彦訳
『ベートーヴェンの生涯 』
岩波文庫、1965年

〈ベートーヴェンの思想断片〉
   自由と進歩が芸術における目標であることは生活全体におけると同様であります。


   ウィーンでは自転車に乗っている人が多かった。母と子供たちが自転車に乗っている微笑ましい光景を見ることができた。市街地でも自転車は多い。道路における歩行者と自転車の区分けがしっかりできている。観光客でも周辺から来た人がむしろ自転車に乗っているようだ。そういえば、スロヴァキアのブラチスラバからウィーンに船で戻る時も、自転車を積み込む人が手間取って、船の出発が少し遅れた。


ウィーン・ハイリゲンシュタットを歩く(その32)…2016年夏2016/10/07 08:48

ロマン・ロラン著、片山敏彦訳
『ベートーヴェンの生涯 』
岩波文庫、1965年

〈ベートーヴェンの思想断片〉
   昔の巨匠の中で、ドイツ人ヘンデルとセバスチャン・バッハだけが真の天才を持っていました。


   また駅に近づいていく。街路樹がきれいに植えられている。そろそろお昼近くになるが、相変わらず人出は少ない。最初に駅で観光客が何人かいたのを見たが、別の所に出かけたのだろうか。あまり詳しいガイドブックは持って来なかったので、情報がなかったかもしれない。ただ、ハイリゲンシュタットについて詳細に書いてあるものはなかったと思う。
  

ウィーン・ハイリゲンシュタットを歩く(その33)…2016年夏2016/10/08 08:24

メイナード・ソロモン著、徳丸吉彦/勝村仁子訳
『ベートーヴェン〈上〉』
岩波書店、1992年

   苦しみのもう一つの現れは、学業がどうしても伸びなかったことである。(特に普通でないのは、彼が生涯を通じて、算数は足し算より先には進めなかったことである)。


   最初は床屋さんかと思ったが、洋服屋さんか仕立て屋さんだろうか。そしてビーチパラソルの書いてある絵を見て、なるほどと思った。数字とかのピントが合ってなくて、日付がちょっと違っているかもしれないが、「休暇をとっています。8月6日から8月28日まで」という内容だろう。まさに3週間の夏休みである。ドイツでは3週間休みをとるのが当たり前と聞いていたが、オーストリアでも同じなのだろう。休日出勤が長いこと続き、ようやく1週間ほど夏休みをとってウィーンに来たのだが、こうした掲示を見ると、羨ましい限りである。


ウィーン・ハイリゲンシュタットを歩く(その34)…2016年夏2016/10/09 07:57

メイナード・ソロモン著、徳丸吉彦/勝村仁子訳
『ベートーヴェン〈上〉』
岩波書店、1992年

   ベートーヴェンのボン時代の作品は、当時の多くの標準的なジャンルのもつ可能性を探ろうとしている。


   こういう円筒形の広告塔はヨーロッパでよく見かける。つい2、3年前にエストニアのタリンでも印象的なものがあった。バルト三国もソ連統治下の時代があったが、もともとドイツ文化の影響が強いところだから、オーストリアなどのドイツ語圏に近いものがけっこうあるのかもしれない。


ウィーン・ハイリゲンシュタットを歩く(その35)…2016年夏2016/10/10 08:39

メイナード・ソロモン著、徳丸吉彦/勝村仁子訳
『ベートーヴェン〈上〉』
岩波書店、1992年

   動作は不器用でぎこちなく、絶えずものをひっくりかえしたり壊したりして、インクつぼのインクをピアノにこぼすこともよくあった。



   電話ボックスを撮影した。以前もよく撮影したのだが、携帯電話のない時代と今とでは存在感が違う。日本でも外国でも電話ボックスは残っているが、ほとんど使われていないという点でも同じだ。今の電話ボックスには寂寥感が漂っている。